ありがとう
全てのゆうぽむ
というわけで、タイトルが発表された時点から予想はしていましたがにじよん11話はゆうぽむ回です。
なんなら、これまでの回でもところどころでゆうぽむ要素ありましたが、改めてゆうぽむ回です。
Rainbow Daysとか読んでいても思いますが、このふたりは他のキャラがメインのお話でも侵食してイチャついていたりしますね。侵食率が高すぎて高すぎ侑になりました。
Blu-rayには新規エピソードも収録されるとはいえ、それを除けば今回が最終回の直前になるわけですが……
「OPでジャンプするアニメは名作」
「EDで走るアニメは名作」
と並ぶ3つ目の法則として
「最終回の直前がゆうぽむ回のアニメは名作」
というものもあります。(ないです)
茶番はさておき、実際ここにきてゆうぽむ回というのはアニメ本編と重なる粋な構成だなと思います。
花ひらく想い(再)
侑に遊びに誘われるも練習をしたいからと断る歩夢。
大好きな侑と(ふたりきりではないとはいえ)一緒に遊びに行ける機会なのに、それを断っても練習を優先する姿から、歩夢に関してふたつのことが感じ取れました。
ひとつ目は「侑からの自立」
侑が行くから自分も一緒に行く……ではなく、自分の意思で、自分のやりたいことのために、侑がジョイポリスに行っている間にも自分は練習に専念するという選択ができた歩夢は1期12話での成長を経ているなぁと感慨深くなりました。
ふたつ目は「スクールアイドル活動への熱意」
元々アニメ世界の歩夢は自分からスクールアイドルをやりたいと一歩を踏み出したりと、スクールアイドル活動への熱意はありました。
それでも、1期12話にて侑だけでなく多くのファンに向き合えるようになり、改めてスクールアイドルの道を強く歩いていくことを決めた歩夢。そんな彼女だから、侑と遊ぶ約束よりも練習を優先することができたんだろうな、と思いました。
大人になったな、歩夢。
そんな歩夢の返事を聞いた侑。歩夢の靴がボロボロなのを見て、歩夢が熱心に練習に打ち込んでいることを察したのか、嬉しそうに笑います。うーん、この理解者。
とはいえ、最初は誘われて嬉しそうにする歩夢と断られて悲しそうにする侑の表情が描かれていることから、ふたりとも一緒に遊びたい気持ちは強いんだなと読み取れることも好きなポイントです。
侑も侑で歩夢への愛の大きさは随所で感じられるますが、同時に侑はスクールアイドルが大好きでもありますから、歩夢がスクールアイドル活動に熱心に取り組んでいることは自分と一緒に遊んでくれることよりも嬉しいのかもしれない。
あるいは、対象がスクールアイドルであるかどうかに限らず、単純に歩夢が何かを頑張っているということ自体が侑にとっては誇らしいのかもしれない。
あるいはまた別の理由なのか……完全に読み取ることはできませんが、だからこそ次のシーンでランジュが不思議そうにしていたように、ここのふたりの間の通じ合いは他者には理解できないものであり、それが美しいものであるのかも、という気持ちになります。
ただ、その反応をしたのがランジュということもあって、侑が嬉しそうにした理由が理解できなかったことが、「侑と歩夢の間でしか通じないものがある」という表現とも、「人との関係にまだ慣れていない今のランジュではこの状況での侑の考えを察することができない」という表現とも取れるように思います。
もしかしたら将来的にはランジュにも侑が嬉しそうにした理由を理解できる日がくるのかもしれませんしね。
みんなの夢、私の夢(再)
気付けば夕方まで歩夢を見続けていた侑。
自分にも推しと呼べるキャラはいますが、その子のことを何時間も見続けていられるかというと、どうだろう……?となるので、侑から歩夢への愛の大きさを感じます。
それに対してずっと見ていると指摘する歩夢ですが、普通に考えて侑のことが眼中に入ってなければ「侑が自分のことを見ている」ということを認識できないはずです。さすがに練習に集中していないということはないにせよ、侑が歩夢を見ていたのと同じだけ歩夢も視界の隅に「自分のことを見る侑の存在」を捉えていたと考えられます。相思相愛か?
歩夢の顔をずっと見ていたという侑の言葉を受けて煙を出すレベルで赤面する歩夢。アニメを経ての成長したゆうぽむが多めに描かれていた今回ですが、ここにきて王道なやり取りが見れた気がします。
そんなの見慣れてるでしょと返す歩夢。当たり前のこととはいえ、こういう発言からも幼馴染であるということが象徴されていますね。
今回の特に好きなポイントでもある侑の返し。
1期では「私の知らない侑ちゃんがいる」ということで悩んでしまった歩夢。
それに対する答えであるかのように、スクールアイドル活動の中で自分の知らない歩夢の表情を見れることが嬉しいと笑う侑が本当に良かったです。
アニメ1期2期を視聴してきて、高咲侑というキャラは作曲など物理的な部分で悩むことはあれど、人間的な部分や精神面では1話の時点でかなり完成されているキャラだなと感じました。(その反対に、アニメを通して精神的な成長が色濃く描かれたのが歩夢)
だからこそ、歩夢が色々と悩んでしまったことと同じ状況(自分の知らない幼馴染の姿)に対しても、侑は特に悩まずにこういう答えを出せたのかもしれません。
これは解釈どうこうではなく願望に近いですが、成長した今の歩夢なら、侑と同じような考え方ができるはず……できてほしい、という気持ちです。
侑が歩夢に対して振り返って笑うシーン。ちょっとにじよん2話のカットを思い出しますね。まるで、ここまでの回で歩夢以外とのキャラとも絡んでいたのがここで一気に歩夢の元へ戻ってくるかのように。
侑のセリフに対する歩夢の「またそういうこと言って〜」というリアクションは、1期1話で「歩夢は何着たってかわいいよ」と侑に言われた際の「またそんな適当なことを〜」という反応を思い出します。
侑が口説き文句のようなセリフを言って、歩夢が嬉しそうにしながらも言い返す。このふたりのお約束のようなやり取りですね。
エール!(再)
続いて「置いてっちゃうよ」という歩夢の言葉もアニメ2期12話を彷彿とさせるもの。
それに追いつく侑の「一緒に帰ろうよ〜」の声にはちょっと甘えるようなテイストがあってかわいい。
「思ってたこと言っただけなのに」というのもきっとその通りで、1期1話からにじよん11話に至るまで、侑が歩夢に対して口にした言葉ってただ思ったことを素直に言ってるんだろうなと思います。それくらいの仲なんだな、と。
1期11話の「違うよ」という言葉を即座に出せたのも、普段から歩夢に対しては思ったことをただ口に出していたからなのかも?とか思いましたね。
逆に2期12話では彼方に相談するまで歩夢に作曲コンクールについて話すことができなかったということにも、それだけ話すことで距離が離れることへの恐れがあったのかな、とか考えました。
最後は、歩夢のことを正面からよりも横顔を見ることが多くなったこと、それが嬉しいという侑の独白で終わり。
ここで思い出すのはやっぱり「Dream with You」と「Awakening Promise」のMVの対比構造。
「Dream with You」では正面から向かいあってる状態で侑の手が歩夢から離れていくカットがあるのに対して、「Awakening Promise」では歩夢が伸ばした手に重ねるように横から侑も手を伸ばすカットがあります。
目指す夢の中身自体は違うけど、変わらぬ想いでふたり並び夢に向かって進んでいる。そのことが侑にとっては嬉しい、ということなのかなと思いました。
愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである。
あとよくある演出かもですが、侑のモノローグの間も後ろでずっと侑と歩夢が会話していて、喋り続けたままエンディングへとフェードアウトしていくのも良いですね。この後もずっとこんな調子でふたりでやり取りしながら帰るんだろうなーというのが想像できます。
そしていつものエンディングが流れるわけですが、先ほどの侑のモノローグを聞いた上でエンディングのゆうぽむが並走するカットで歩夢が侑の横顔を見つめているのも凄く良いですね。
お約束の「ヒトリダケナンテエラベナイヨー」も、さすがに今回ばかりは「歩夢選んどるやんけ!!」と心の中でツッコミ入れておきました。
はじまりのトキメキ(再)
というわけで、にじよん11話の展開を振り返りながら感想を語ってきました。
今回感想を語る上で、「このシーンではアニメ本編のあのシーンを思い出す」という話の展開のさせ方を多用した感覚があるのですが、それだけアニメ本編で描かれたゆうぽむ像に忠実な回だったなと思います。
それゆえに、アニメを観てゆうぽむを好きになった自分にとって、自分の好きなゆうぽむが詰まった回でした。
幼馴染ゆえの互いの理解の深さとか、愛の強さからくる嫉妬描写も好きな要素ではあります。
でもアニメで好きになったゆうぽむの特徴は、ただ一緒にいることを美徳とするような依存的な関係ではなく、各々がやりたいことを追いかけていて、そのためなら立場が変わることや距離が離れることも乗り越え、その上で互いへの想いは変わらない自立的な絆の強さ。
だからこそ、上でも語ったように歩夢が侑と一緒に遊びに行くことよりも練習を優先させたことや、それに対して侑が嬉しそうにした流れが本当に好きです。
でも、侑と歩夢が好きなことを見つけ、それから今のような関係に成長できたのはふたりだけで成立する物語ではなく、そこには欠かせない人物の存在があります。
そうです。
優木せつ菜です!
何気ない日常を送っていたふたりに、スクールアイドルの世界を見せたのが彼女。1期12話で迷う歩夢の背中を押したのも彼女。
侑と歩夢の物語を語る上で、彼女の存在は不可欠と言えるくらい大きなものです。
なので、前回の10話ラストにてせつ菜がCHASE!を披露し、侑が「結局いつもこっちをドキドキさせてくれるのはせつ菜ちゃんなんだよね」と言う、はじまりのトキメキを連想させるような終わり方をしてからの今回のゆうぽむ回という流れには運命的なものを感じます。
変なこと言うと、もし並行世界を観測できる能力があったら、せつ菜のキャスト交代が無かった世界のにじよんあにめーしょんを観てみたいです。予想ですけど、多分内容は変わらないと思うんですよ。
にじよん10話の展開を観て、これはにじよんのアニメがせつ菜のキャスト交代前最後の作品になるから、最後のプレゼント?(良い表現が浮かばないですね)的な意図を感じた人って多いんじゃないかなと思います。というか自分も最初はそう思いましたし。
ですが先ほど書いたように、自分はアニメ本編を踏まえた上で、せつ菜がCHASE!を披露した回の後にゆうぽむ回をやるという流れに強い意味を感じているわけです。
それなら、キャストの交代があろうと無かろうと、10話はやっぱりあの内容しかないと思うんですよね。
まあ当然ながらその辺り真相は公式のみぞ知るなので、あくまで個人的にはこう考えています程度で。
おわりに
最後に改めて。
1期1話を視聴して侑と歩夢の関係にときめいてからずっと虹ヶ咲のアニメを追いかけてきて、今回はひとつの集大成とも思えるくらい素敵なゆうぽむを見せていただきました。
初めて1話を視聴したときは、特に最後のパスケースを渡すシーンの映像や言葉の美しさに魅了されました。
「いつだって私は、歩夢の隣にいるよ」
隣にいるということの意味は、物理的なものではなく精神的なものであるという解釈に変わり、実際本編では歩夢はロンドンに行き遠く離れている状況ではあるのですが、やっぱり今でもこの言葉は生き続けているんだなと今回のにじよんのラストを観て感じました。
ありがとうございました。